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第07-2話 血の飛沫

Author: 百舌巌
last update Last Updated: 2025-02-14 11:17:56

「お前さんがまた勘違いしてるみたいだからな」

 チョウはせせら笑いを浮かべながら言った

「また?」

 先島は怪訝な表情を浮かべて訊ねた。

「ああ、トラックの事故だよ」

 くっくっくと引きつったような笑い声を出すチョウ。

「あの狙撃は俺が狙われたと思っただろう?」

「ああ……」

「あの狙撃は俺ではなく、トラックの運転手を狙ったのさ……」

 チョウは意外な事を言いだした。

「そう言えば南米系の運転手だったな……」

 先島は狙撃場面を思い出しながら言った。顎髭と濃い眉毛の運転手だった。

「アイツは南米系組織の人間だったのさ。 ここの所はアイツと組んで仕事してたからな」

 恐らくはチョウの武器先のひとつだろうと踏んでいた。

 南米は米ロ中からの武器が豊富に流れ込んで来ているからだ。米国は麻薬撲滅のために武器を流し、中露は覇権を握る為に武器を流す。

 犯罪組織は武器を手に入れる為に、それらの国に麻薬を流しているのだ。

 よく因果関係が分からない国々だった。

「そん時分にだが結果的に取引に失敗した事があるのさ。 まあ、俺がドジを踏んだんだよ」

 チョウが薄ら笑いを浮かべがら喋った。

「俺の始末を付ける為に、ある人物に依頼が行われた噂を仲間から聞いたのさ」

 チョウは周りを見渡した。運転手が狙撃された瞬間にチョウが驚愕してた理由が分かった気がした。

 噂では無く本当だと確信したからであろう。

「なんで日本に来たんだ?」

 そんなチョウに先島が質問した。敵から逃げて潜伏するのなら、銃器の入手が容易な国の方が有利だと思えるからだ。

「アジア人が潜伏するのには具合が良い国なんだよ。 日本は……」

 確かに共和国の仲間もいるし、チョウ自身の知り合いも居そうな感じだ。流ちょうな日本語を喋る事が出来るチョウにはうってつけだった。日本人は外国人に妙に親切だからだ。

「ある人物っていうのは誰なんだ?」

 先島が聞いた。恐らく狙撃犯の事だろうと思ったからだ。

「ああ、お前さんはクーカと言う殺し屋を聞いた事はあるか?」

 チョウが聞いて来た。先島は首を横に振った。まず、殺し屋と言う職種がなじめないのだ。時代錯誤も甚だしい。

「そうか、なら忘れる事が出来無くなるのは保証するよ」

 チョウは再び意地悪そうな笑みを浮かべる。先島が困るのが楽しくてしょうがないようだ。

「世界中の国の治安機関が血眼で追い回
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    「すごいじゃない……」 クーカが先島の射撃の腕を褒めていた。先島はニンマリと笑っていた。褒められたのが嬉しかったらしい。 だが、追っ手の車は一台では無かった。直ぐに新手が現れた。「ありゃりゃ……」 先島はガッカリしてしまった。そんなに予備弾倉を持って来て無いからだ。 元より日本の警官は銃を撃つことは無い。相手が銃器を所持している事が少ないし、銃撃戦が想定される時にはSWATチームへの出動要請を行うからだ。 先島は再度車の方向転換を行い正面を向いて車を走らせた。バックだけではすぐに追いつかれてしまうからだ。「弾倉を変えてくれっ!」 先島はクーカに銃を渡した。車の操縦に忙殺されているからだ。 銃を渡されたクーカは先島の胸のポケットから予備の弾倉を取り出して取り換えた。 そして、クーカが助手席の窓から身を乗り出して追っ手の車に銃撃を加える。 もっとも撃ったのは一発だ。しかし、彼女には一発で十分だった。追っ手の車から身を乗り出して撃っていた男は、仰け反ったかと思うとうな垂れてしまったのだ。「やっぱり、凄いな……」 その様子を見ていた先島は苦笑しながら運転を続けていた。追っ手の車は急に減速していくのが見える、次は自分の番だと思ったのであろう。(やはり自分の銃じゃないと駄目ね……) どうやら狙いを外してしまったらしい。彼女は相手の拳銃を撃ち落としたかったのだ。クーカは一発で決める事が出来なかった事を反省していた。 警備の詰め所は無人だった。車はそのまま工場の敷地内に侵入して駐車場にやってきた。工場入り口まで行きたかったのだが車止めがあったのだ。「どうやら俺たちが来る事はバレバレだったみたいだな……」 一見すると無人に見える工場を眺めながら先島が呟いた。「ええ、歓迎の準備は整っていると見るべきね」 そういうと車を降りていった。「……」 先島は少しため息をついた。もう少し大人を頼りにしても良いのにとも思っていたのだ。「貴方も行くの?」 一緒に車から降りた先島に、拳銃を返しながらクーカが尋ねた。「ああ、色々と問題はあるけど日本を守るのが俺の仕事だ……」 先島は拳銃の残弾を確認しながら答えた。「そう……」 クーカはそう言ってスタスタと先に歩き出した。日本を守る云々は興味無さそうだった。先島は少し肩を竦めて後を付いて行く。「その

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     都内湾岸地域。 夜中の都内湾岸地域。 海岸沿いの道をクーカは一人歩いていた。鹿目の工場に向かっているところだ。 本当はヨハンセンに送って行って貰おうとしていたのだが、生憎とクーカの脱出経路の準備に忙殺しているらしかった。 そこでクーカはテクテク歩いて向かう羽目に成ったのだ。 普通、夜中に女の子が歩いていると、厄介な連中に絡まれてしまうのを心配するものだ。だが、工場地帯の真ん中では車すら滅多に通らず心配は無用なようだ。 もっとも、何も知らずにクーカを襲うと後悔するのは犯人の方であろう。 すると、そこに一台の車が接近して来た。車はクーカを追い抜く事も無く並走するような感じで速度を緩めた。「……」 クーカが車内を見ると先島がハンドルの上で両手を広げていた。敵意は無いと言いたいのだろう。「……」 クーカは静かにため息を付いて助手席に乗り込んだ。どうせ無視してもしつこく付いて来るのは分かっていたからだ。 先島はのほほんとしてる風を装うが、事態の推移を自分の望む方に誘導しようとする。中々厄介な奴だとクーカは考えていた。「やあ、お嬢さん。 偶然だねぇ…… どちらまで?」 先島がニコヤカに聞いて来る。(笑顔が張り付いている……) そうクーカは思った。愛想笑いが苦手なのだなとも思っていた。「同じ処よ……」 クーカはシートベルトを体に付けながら答えた。(分かってる癖に……) 先島が工場の存在を海老沢から聞き出したとヨハンセンから予め電話で知らされている。つまり、クーカが先島に近づいた目的も感ずいているに違いなかった。 クーカは研究所にあると思われる両親の臓器を探したかったのだ。「ははは。 じゃあ、一つだけ…… 相手をなるべく殺さないようにね?」 先島はクーカの方を見ずに言ってきた。「…… 努力はするわ ……」 クーカが仕方なく返事をした。敵を殺さないで無力化するには結構手こずるものだ。 体力勝負になると自分自身が危なくなってしまう。 返事とは裏腹に手加減はするつもりは最初から無かった。「後処理が面倒なんだよ……」 先島が車を運転したままに続けた。車は一路工場へと向かっている。 その言い分にクーカはキョトンとしてしまった。「そっち?」 てっきり人を殺める方を咎めているのかと思っていたからだ。 クーカを車に乗せた先島は鹿

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第35-0話 愛国者の掟

     保安室近辺。 藤井あずさが帰宅しようと歩いていると一台の車が寄って来た。 車が藤井の傍に止まると車の運転席が開き、男が小走りで藤井の傍に来ると耳打ちした。 促されるように身を屈めて中を覗き込むと、後部座席には老人が一人いた。鹿目だ。 藤井はそのまま後部座席に乗り込み鹿目に報告を始めた。「先島が生物兵器の存在に気付いたようです……」「……」 鹿目は何も言わずに藤井の話を聞いていた。「海老沢から工場の構造などの情報を収集して向かいました」「……」 鹿目は黙ったまま話を続けよとでも言いたげに頷いただけだった。「クーカも同様に保安室から情報を入手して向かっています……」 藤井は座席に座ったままで老人に報告をしていた。「手の者が手厚く迎えてくれるじゃろ……」 徐に口を開いた鹿目が答えた。手の者とは大関の部下たちだ。「彼女は貴方を許さないと思いますが……」 藤井は伏し目がちに聞いてみた。 鹿目が作る生物兵器はまだ研究の途上だ。政府機関が表立ってやるわけにはいかないので、鹿目が代わりに研究してやっているのだ。それを咎められる筋合いは無いとも考えていた。 平和平和とのんきにお題目を唱えていれば、日本への脅威が無くなるわけではない。 世界大戦後に局所的紛争しか発生しないのは、核兵器による暗黙のルールがあるお陰だと鹿目は考えている。 日本が核兵器を所持する事が出来ない以上は、それに替わる兵器を所持するべきなのだと信じているのだ。 その一つが生物兵器だった。勿論、生物兵器禁止条約で禁止されている品目だ。 だが、世界各国は絵空事など気にもとめないで研究している。 そこで日本も対抗策として行うべきだと鹿目は考えていた。 生物兵器の一つが完成が近かったのだ。そして、研究の完成にはクーカの両親のDNAが必要だったのだ。 海老沢の体から取り出した臓器を、他人の物とすり替えたのも鹿目の指示だった。 クーカが臓器が偽物だと何故気がついたのかは謎だった。それは、もはやどうでも良い問題だ。 問題は研究施設の安全をどうやって守るかだ。 幸い、保管庫は自分か大関かの生体認証が必要だ。 認証の為には右目の中の虹彩と、右手中指の静脈の両方が必要だった。 しかし、人間が作ったものに万全が無いのも事実だ。 ならば、脅威であるクーカの始末をすれば解決した

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第34-3話 植物工場

     ところが改良が巧く行ってないらしいとも言っていた。しかし、それは鹿目の事情で在り資金を提供している北安共和国は関知する所では無い。早急に結果を出せと迫られているらしい。「未来永劫で役立たずのデ……首領様に導いて欲しんだとさ」 海老沢が再びクックックと笑っていた。「その細胞を根本的に改良する為に、クーカの両親のDNAが使われる予定だったのさ」 ひとしきり笑ったのちに付け加えた。(それで鹿目の事を知りたがっていたのか……) クーカが鹿目に拘っていた理由が判明した。彼女はDNA情報を葬り去りたいのだと思った。「最終的には北安共和国の首領のクローンを作成するのが目的だと聞かされているがね……」 その為にクーカ一家の細胞(Q細胞)が必要であった。 それを手に入れようとしたチョウは、エバジュラム国まで出向いたがクーカの妨害により失敗した。 チョウの失敗に激怒した北安共和国諜報機関はチョウの家族を労働矯正収容所に放り込まれてしまったのだ。「その生物兵器の情報を、三文小説家にリークしようとしたんで消されたのさ」 家族の窮状を知ったチョウはクーカを逆恨みしていたのだった。「そこで百ノ古巌が出て来るのか……」 先島がポツリと漏らした。「誰だって?」 だが、名前を聞いた海老沢は首を傾げた。自称社会派ジャーナリストの小説家の名前までは知らなかったようだ。「知らないんならいいよ。 死んじまったし……」 先島が答えると海老沢は首を少しすくめた。死んだ者には興味が無いのだろう。「それで、秘密工場は何処に有るんだ?」 先島が話を促すように言った。肝心の工場の在処がまだだったからだ。 「知ってどうするんだ?」 海老沢が聞いて来た。「きっと、工場にボヤが起きて中身は全て燃えてしまうよ……」 それを聞いた海老沢はニヤリと笑った。彼もクローン工場の事は気に入らなかったようだ。 海老沢が再び話を始めた。「鹿目化学の湾岸工場に併設されている野菜工場がそれだ」 海老沢のスマートフォンに問題の工場が映し出されていた。それの隅っこの方に窓が片側にしかない建物が写り込んでいた。「もっとも、野菜工場と言っても露地などで作られるものじゃないんだ」 海老沢は問題の建物をスイープで拡大して見せた。「今、流行のLEDライトを使用した人工光の工場なのか?」 先島は

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第34-2話 不老不死細胞

    「だから大関と鹿目の関係さ。 なんで大関はクーカを使ってまで鹿目を脅したがるんだ?」 チョウを狙撃したのはクーカであろうことは分かっている積もりだ。近所の防犯カメラにクーカらしき人影が映っていた。証拠としては弱いが嫌疑をかけるのには十分だ。「……鹿目が北安共和国との約束を守らないからだ」 渋々という感じで海老沢が語り出した。 鹿目は北安共和国首領用の移植用臓器作成を請け負っていた。だが、違う臓器を渡していたようだ。「なんで鹿目がそんな危ないことやるんだ?」 鹿目は財界の大物だ。配下に一流と言われる会社を幾つも持っている。彼の企業があげる収益から見れば臓器密売などチリにもならない。「人の命運を握るのは魅力的だったんだろう…… たぶん」 確かに一度移植を受けると定期的な検査が必要になる。元の情報を握っている方が立場上有利なのは確かだ。どんなつまらない事でも人の上に立ちたがる人間は居るものだ。「そのデザインされた内臓を培養してある程度大きくなったら、提供された人間に移植して培養していたのさ」「提供された人間?」「北安共和国から提供された人間だ。 彼等は日本人の中で培養された臓器を使うのを嫌がるんだよ」「良く分からん拘りだがね……」 そう言って海老沢は笑った。「鹿野は生体培養を担当して、大関は提供された人間を管理していたんだ」「お前さんの役割は何だ?」「俺は人間を運ぶのが仕事だ。 主に漁船を使ってやっているがね……」 昔は覚せい剤などを沖合で取引する『セドリ』とい手法があった。だが、海上警備や港湾警備の強化で現象していると聞いている。「大関はどう関与してるんだ?」「その話を鹿目に持ちかけたのが大関だったんだよ」 大関はクスリ関係の密輸取引で北安共和国と繋がりがあったらしいと公安のファイルにはあった。「もっとも奴の目的は別だったけどな」「別?」「自分のクローンを鹿目に作らせようとしてるんだよ」「権力を待った人間なんてみんな一緒さ。 来世救済を信者に解く癖に自分は死にたくないんだとさ」「笑っちまうよな……」 海老沢はクックックと押し殺したように笑っている。余程面白かったのだろう。身体が震えているようだ。「ところがだ…… その検体に致命的な不具合が見つかったんだよ」 ひと通り笑い終わった海老沢は話を続けた。「人を食いつぶ

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第34-1話 招かれざる者

     海老沢邸 先島は車の中で鼻をぐずぐずさせていた。さあ、海老沢邸に乗り込もうとした途端に、いきなり大きなくしゃみをしてしまったのだ。(風邪でも引いたかな……) 何だか出鼻をくじかれた思いだった。(今日は正面から訪問するか……) 前回に海老沢に会いに来た時には、クーカに狙われて助かった理由が知りたかっただけだった。 だが、色々な事情を探る内にクーカの戦闘に対する考え方が分かって来た。彼女は自分に敵対する意思の無い者には、攻撃をしないのだと確信していた。 それは彼女自身の強さに起因しているのだろう。 クーカの詳細な人物リポートを読むと、クスリで強化された兵士である事がハッキリと書かれている。それまでは噂で伝聞される類いの物だけだった。強さに裏打ちされた自信。彼女が史上最強の暗殺者と呼ばれる所以であろう。(まあ、実際にあのジャンプを見ると納得出来るものが有るよな……) 何度も驚異的な跳躍力を目の当たりにすると、納得できるものがあったのだ。 今回の海老沢への訪問は、大関と鹿目の関係を探るのが目的だ。クーカが二度も来たのには理由があると考えていたのだ。 先島は門を潜り抜け玄関の呼び鈴を鳴らさずに屋敷内に入っていく。すると居間に海老沢が居た。「……少しくらいは礼節を弁えたらどうなんだ?」 海老沢は憮然として言い放った。元々、警察嫌いだし公安は輪をかけて嫌いなのだ。「やあ、聞きたい事があって来たんだ」 そんな問いかけを無視して、先島が張り付けたような笑顔で語り掛けた。「普通は門の所にあるインターホンで用件を言うもんだろう」 先島が門を潜り抜けた辺りから気が付いていたらしい。海老沢の御付きの者たちは下がらせているようだ。揉めるのが嫌だと見える。「大関と鹿目の関係が知りたくてな……」 先島は海老沢の恫喝など気にせずに言い放った。「当人たちに聞けば良いんじゃないのか?」 海老沢としても余り関わり合いになりたくは無い様だ。クーカに関わったばかりに部下を八名ほど失っている。後処理が非常に面倒だったのだ。「どっちも宗教界と財界の大物だ。 木っ端役人なんか相手してくれるわけないだろう?」 先島は少し肩を竦めながら返事をした。「教えるにしても俺には何のメリットもねぇじゃねぇか」 海老沢が吐き捨てる様に言って来た。その木っ端役人は自分の所なら気

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